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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

12月25日・ラジオで「ホワイト・クリスマス」が初演された。

1941年の明日12月25日にアメリカの3大ネットワークの1つNBCのラジオ番組「ザ・クラフト・ミュージック・ホール」の中でホストを務めていた人気歌手のビング・クロスビーさんが生で「ホワイト・クリスマス」を唄いました。ただし、この時の音源は残っていないそうです。
この曲は1940年の夏にロシア系の作詞・作曲家のアーヴィング・バーリンさんが滞在していたアリゾナ州ボルチモアのホテルのプール・サイドで一気に書き上げたと言われています。その時、歌詞と曲を筆記した秘書に「最高傑作」と宣言したそうです。
1941年のアメリカのクリスマスは現地月日の12月7日の日本海軍の真珠湾空襲によって翌12月8日にフランクリン・ルーズベルト大統領が対日宣戦布告したため日独伊三国同盟を結んでいたナチス・ドイツとイタリアが対米宣戦布告して太平洋方面とヨーロッパ戦線の二正面の戦争に突入してウィルソン大統領の巧妙な扇動に乗せられて第1次世界大戦に参戦したことを悔やんでいたアメリカ国民は沈痛な想いで迎えていました。
そんな中、クロスビーさんの甘い歌声に乗ってラジオから流れた「ホワイト・クリスマス」は「I’m dreaming of a white Crismas(私は夢見ている。白いクリスマスの) Just like the onces I used to know(かつて私が経験したのとそっくりな) where the treetops glisten(そこでは木々の頂きが輝き) and children listen(子供たちは耳を澄ませる) to hear sleigh bells in the snow(雪の中で響くソリの鈴の音を)」と言う郷愁を誘う歌で多くの聴取者の心に染みわたったようです。しかし、唄ったクロスビーさんはアメリカでは年末になると発売される讃美歌以外のクリスマス・ソングの1つに過ぎず、撮影中だったフレッド・アステアと共演するミュージカル映画「スイング・ホテル」の挿入歌と言う認識でした。実際、この歌はクリスマス・シーズンが終わると話題ならなくなり、映画の公開に合わせて発売された映画の挿入歌のレコードの6曲の中の1曲として収録されただけでその中の「ビー・キャッフル・イッツ・マイ・ハート」がヒットしたためシングル化されませんでした。
ところが映画公開後の10月末になると戦時下でもクリスマスの気配を感じ始めた市民の間で人気が急上昇して人気ラジオ番組「ユア・ヒット・パレード」でチャートの首位に立つとシングル化されて翌年まで11週間にわたり維持しました。また前線のアメリカ軍将兵向けのラジオ放送でもリクエストが殺到して癒しの曲として愛聴されました。
その後、この曲は年末になると人気に火が点く季節モノの定番になり、フリスビーさんは何度も新たに録音したシングルを発売して1945年と1946年、ベトナム戦争中の1969年とベイルートの平和維持軍司令部庁舎爆破事件やグレナダ進攻が起きた1983年にもチャート首位を獲得しています。さらにアンディ・ウィリアムスさんなどの多くの歌手がカバーしてヒットさせていますが全ての歌手のレコード・ミュージックテープ・CDなどの売り上げは1億枚を超えると推計されています。
  1. 2023/12/24(日) 14:31:03|
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