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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ717

「ウッ・・・」中国漁船からの銃撃を受けて2人が航空教育隊で習った通りの顔を地面に押しつける「その場に伏せ」の姿勢を取ると背中の上を銃弾が空気を引き裂く甲高い音と熱い空気の固まりが頭上を通過していった。それは確実に2人を狙っていて漁船に乗り組んでいる兵員の練度の高さを物語っている。すると2人は銃弾の通過音の中で望遠鏡を見ている岩元士長の呻き声を耳にした。
「岩元ッ」分哨長は一段高い望遠鏡の台に声をかけたが反応はない。分哨長は射撃準備に熱中していて監視要員の岩元士長に反撃を受けた時の回避行動を指導することを忘れていた。そのため岩元士長に身体を露出した姿勢で監視を続けさせてしまった。
「中国船が通過します。岩元の仇を取りましょう」気がつくと中国漁船からの銃撃は止んでいた。エンジン音が右手から聞こえてくる。それで位置を察した空士は2脚を立てた小銃を置いたままにじり寄るように柵まで移動して海上を見渡した。
「その前にCPに連絡だ。無線機は岩元が持っていたんだな」分哨長は一段高い望遠鏡の台に第4匍匐で移動していたが空士の報告を聞くと立ち上がって歩み寄った。すると案の定、岩元士長は蜂の巣状態で仰向けに倒れ、一面が血の海になっていた。肩に吊っていた無線機にも数発が命中していて電源が入っていない。
「仕方ない。長目の浜まで退避して連絡しよう」「しかし、足は長友3曹の私有車でしょう。漁船よりも先に着けますかね。かなり早いですよ」空士は今回の戦闘で長友3曹の指揮能力の欠如を実感したようで「分哨長」とは呼ばなくなった。
分哨長としては銃撃を受けた岩元士長と漁船の確認のどちらを優先するべきかも指揮能力の範疇だった。さらに無線機が使用不能になったとしても携帯電話と言う選択肢があり、指揮所から退避を許された弾薬の消耗数には至っていない。一方、空士は発砲を始めた時点で中国漁船からの反撃は覚悟していたが、本業は基地業務小隊でも事務職の長友3曹は完全に怯えてしまい、銃撃戦を続けることができなかった。そのため長目の浜への移動も下手すれば漁船の侵攻方向の里港ではなく峠を越えて上甑島の瀬上や中甑浜に逃亡する口実なのかも知れない。
第9警戒隊が保有する官用車の台数を考えれば甑群島内の展望所と灯台に配置する監視要員を私有車で移動させたことは窮余の策ではあったが、第3術科学校警備課程で安川3佐や後任の警務幹部の3佐の教育を受けた航空陸戦隊の空曹ではなく航空教育隊の初任空曹課程の形式的な地上戦闘を習ったに過ぎない長友3曹では台湾人義勇隊員と一緒に中山1尉の急速練成教育を受けた空士の目には全く物足りなかった、
「岩元の遺骸をトランクに乗せる」「急がないと中国漁船の通過に間に合いませんよ」「置き去りにすることはできないろう」空士は長友3曹の優しさは理解したが、現在が戦闘中である認識が欠落していることを再確認した。結局、長友3曹は生真面目な平時型自衛官なのだ。この調子では先ほどの銃声を聞いて警戒していた長目の浜監視所が中国漁船と開始している戦闘に遅れて到着する「増援」にはなるかも知れない。
「ヘリだ」「指揮所が言っていたCHー47ですね。1機は里港に着陸します」血塗れの岩元3曹の遺骸を長友3曹が上半身、空士が下半身を抱えて私有車のトランクに載せた時、東側の海上から数機の大型ヘリコプターのエンジン音が聞こえてきた。空士が腕時計を見ると先ほど長友3曹が指揮所と交信していた時間から20分ほど経過している。
「銃声だ。長目の浜が発砲を始めたんだ」「携SAMの照準を妨害するつもりなんでしょう」長友3曹がトランクの中にあった洗車用のタイルで手に着いた血を拭うと前方から銃声が聞こえた。同時に海上の青い空には4機の大型ヘリコプターの機影が4つの点になって現れ、かすかにエンジン音が聞こえ始めた。
「長目の浜の方向でミサイルを発射しました。あれは対戦車ミサイルです」「先遣隊が到着したんだ。これで中国漁船は全滅だ」2人が乗って走り始めると前方の海面で白煙を引いた弾痕が漁船に伸び、次々に爆発したのが戦争映画の大画面の映像のように見え始めた。指揮所には通知がなかったが第42即応機動連隊の派遣命令には「先遣隊の高機動車に01式軽対戦車誘導弾各20基を搭載させる」と記載されていた。
  1. 2024/01/26(金) 14:10:25|
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