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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ720

「青瀬を過ぎると滝のところで車道は二手に分かれます。どっちに行きましょうか」官舎や小中学校がある長浜の集落を抜けて小高い丘の森の中の車道を速度超過で進むと狭い海岸沿いの集落に入った。ここで運転手の植月2曹が助手席の中山1尉に声をかけた。下甑島に着任して以来、中山1尉は上甑島から中島、中甑島、下甑島までの全ての集落と道路を見て回り、集落内の路地や狭い山道も歩いて土地勘を養ってきた。
確かに青瀬から手打の集落へは観音三滝の川沿いに登る山道と集落を抜けて断崖に建設した立体道路で台地に続く2つの経路がある。CHー47が上空から中国漁船14隻が手打の砂浜に着岸して100名以上の兵員が上陸したと通報してきて30分が経過している。その後、CHー47は上陸部隊が携帯式地対空誘導ミサイルを発射してきて推定する射程外まで回避行動を採ったので手打が視界から外れてしまった。そのための手打の集落での上陸部隊の行動は不明になっている。
「ちょっと止めろ」ここで中山1尉はパジェロを停車させた。植月2曹は高速度で走っていたので何度もブレーキ・ランプを点灯させて後続してくる高機動車に注意喚起した後、車道に停車した。すると中山1尉は下車して20メートルの車間距離を置いて停車した前の高機動車に歩いていった。高機動車の助手席からも中隊長が下りて2人は中間地点で議論を始めた。パジェロと高機動車はエンジンを停止していないので声は聞こえない。
「ここで我々は三滝側を登って山道から手打に向かう。高機動車1両が随伴する。指揮官車は新道を行く。合流地点は手打集落の手前になるが中国軍が斥候を出していることは十分に考えられるから上川本3曹は発見すれば別令なく射撃しろ」「はい、上川本3曹」戻ってきた中山1尉の指示で警備職の空曹たちには2人が交わしていた議題が推察できた。手打に上陸してからの30分間に中国軍は集落を占領するための捜索を実施していたと見るべきか、山道をレーダーサイトを攻撃するのに適当な場所へ徒歩で移動していると見るべきか、さらに車両の到着を待ってこれを奪おうと待ち構えていると見るべきか。走行中、中山1尉が独り言のように呟いていた3つの可能性について陸上自衛隊の同じ階級の指揮官の意見を求めたのだろう。おそらく指揮官の回答は可能性を取捨選択するのではなく全てに備えながら先を急ぐと言うものだったらしい。
「出発」「出発します」出発する前に中山1尉はM9短機関銃の安全装置を確認してから足元に置くと後部座席の上川本3曹から64式小銃と弾倉を受け取った。山道で中国軍と遭遇すればこれで銃撃戦を実施するつもりなのだ。
「中国軍って足腰は強いんですかね。最近は肥満体の若造が増えていてアメリカ軍の体重制限を真似してるってテレビでやってましたけど」助手席の中山1尉が緊張した顔で周囲を警戒しているのを横目で見て植月2曹が肩の力を抜くような雑談を吹きかけた。
かつての中国人民解放軍は軽武装で一撃離脱のゲリラ戦術を常用していたので逃げ足を含めて足腰は強かったはずだが、近年は農村の若者が都会に出て肉体労働をしないで美食を口にしているので実家がある田舎で徴兵しても身体は脂肪タップリの肥満体で兵隊として使い物にならないと言う話題がテレビやインターネットで紹介されている。そこには中国の軍事的脅威を受けている日本人に「大したことはない」と危機感をやわらげる一方でコンピュータの技術者や外国語に堪能な若者を大量に徴兵してインターネットやメール、海外からの郵便物などを検閲させている事実を隠蔽する目的もありそうだ。
「ここまで漁船で来たくらいだから特殊部隊なんだろう。油断はできんぞ。上川本3曹も狙われる前に発見して銃弾を浴びせろ」「はい、上川本3曹」かなり危険な指導に返事をした上川本3曹は出発する時、警衛所の前に整列して見送っていた台湾人義勇隊員たちの心底悔しそうな激励の声を思い出した。分隊長の警備職の空曹以外は台湾人義勇隊員で編成していた上陸阻止隊は陸上自衛隊の到着で活動停止になり、一般隊員の分屯基地の警備に編入される。約100名の中国軍がほぼ同数の陸上自衛隊を相手にどのような戦闘を展開するのかは予想もできないが、手打に到着すれば真っ先に海岸に乗り上げている中国の漁船をM2重機関銃で銃撃して破壊することを命じられている。逃走手段を奪われた人民を救うための弾道ミサイルだけは御免こうむりたい。
  1. 2024/01/29(月) 15:34:49|
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