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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ723

「間もなく本隊が到着するだから捜索はそれを待って出発すれば良かったんじゃあないか」「先遣隊としては初動対処が任務ですから数分の時間が惜しかったのでしょう」指揮官の中隊長が高機動車で出発すると中山1尉は残った長友3尉の高機動車と手打の集落の背後の高台にある高齢者生活福祉センターに移動して双眼鏡で監視しながら話し合った。各高機動車には車長以下10名が乗っているが300軒以上の家屋がある手打の集落を包囲・監視するには全く足らない。一方、上甑島に向かっていたカーゴ・トラックは分屯基地に戻ると即座に本隊の1個中隊100数名を乗せて出発したので30分程度で到着するはずだ。それが待てなかった指揮官の判断には疑問がある。
パパパパパ・・・。「何だ」「NATO小銃弾の音だな」その時、背後の森の奥から連射する銃声が聞こえてきた。それは新設された自動車道の方角だった。流石に若くても長友3尉は89式小銃と同じ5.56ミリNATO小銃弾と推理した。ただし、中国製AK74=84式自動手槍も同じ弾丸を使用している。
パパパパパ・・・パパパパパ・・・パパパパパ。銃声は止まらない。しかし、応戦しているリズムではなく一方的な銃撃のようだ。銃撃戦であれば敵の発射焔を見て発射位置を確認し、狙いを定めて引き金を引く間(ま)が相互に繰り返される。
「中隊長の車両が攻撃されなかったのは後から本隊が来ることを察知していたんだ」「流石は中国人民解放軍、待ち伏せにも熟練している」中山1尉は皮肉・嫌味のつもりで中国軍を賞賛したのだが集まってきた陸曹たちは憤慨した顔で睨みつけた。
「3小隊長、救援に行きましょう」「今なら背後から攻撃できます」「待て、我々が命じられているのは集落の封鎖だ。中隊長の指示を仰ぐ」胸のレンジャー徽章を誇示するように攻撃を主張する陸曹たちに長友3尉は冷静に常識的な答えを返した。通信手段を喪失していない以上、指揮系統は維持されていて不測自体には指示を仰ぐのが基本だ。
「キタクマ1(いち)、こちらキタクマ2(に)、送れ」「こちらキタクマ1、送れ」「先ほど中隊長が通ってきた自動車道の方角から銃声が聞こえてきます。本隊が待ち伏せに遭ったのではないでしょうか、送れ」「待て・・・確かにここでも聞こえてくる。本隊が反撃している様子はないか」「ありません。至近距離から銃弾を浴びせられて甚大な損害を受けたようです。おそらく敵は1個分隊程度でしょう」長友3尉は往路での戦闘を経験して冷静沈着に状況を分析する指揮能力を身につけたようだ。それは中山1尉にとって人間の体温を感じさせない戦争屋の仕事のように思われた。
「それで集落内の中国軍の動きはどうだ」「現在、高齢者福祉センターで監視していますが集落の道路上に人間の姿はありません」「了解、我々が現場まで引き返す。長友3尉は引き続き集落の封鎖と監視を継続せよ」「了解、終わり」下甑分屯地第6警戒隊警備隊長の中山1尉が口を挟む余地もなく陸上自衛隊の2人で話は決まった。
気がつけば先ほどまで続いていていた連射の銃声は途絶えている。つまり銃撃を受けた2両のカーゴ・トラックは反撃することもなく壊滅状態で、生存者は戦果を確認する中国軍によって個別に殺害されるのだ。
パン、パン、パパパーン。案の定、間もなく同じ方角から単射と単連射の銃声が聞こえてきた。中山1尉はこれから2両のカーゴ・トラックでパジェロの後部座席に横たわっている上川本3曹と同じ遺骸が製造されるのだと思うといたたまれない気持ちになった。上川本3曹もヘルメットと防弾チョッキを着用していたがカーゴ・トッラックに乗っていた航空のドライバーや陸上の本隊の隊員も致命傷を受けなかった分、意識はハッキリしているはずだ。それを中国兵は感情を交えずに殺害する。かつての国家指導者・毛沢東は人海戦術を「人民の血の海に溺れさせることだ」と語ったがそれは比喩や誇張ではなく現在も受け継がれている真実なのだ。中山1尉は同世代の中隊長が血も凍りつくような殺害現場に立ち合わせなかったことを感謝するべきかも知れない。
バーン、バーン、パパパパパ、バーン、バーン、実際、数分後には中隊長の車両が到着したらしい現場からは激しい銃撃戦の音が聞こえてきた。そして全滅した敵味方の遺骸の収容を命じられた。遺骸ならば動かない単なる物体だ。それが戦争だった。
  1. 2024/02/01(木) 15:18:47|
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