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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

2月3日・「鬼さん、いらっしゃい」古志庵の節分

立春の前日は季節の分かれ目なので節分になりますが、この日には何故か炒った固い大豆を投げつけられて鬼が家から追い払われ、福が招かれる行事が催されています。
特に都市部の有名寺院や神社では芸能人などの有名人が壇上に上がって豆を撒き、それを目当てに多くの観衆が集まっている様子がテレビで中継されていますが、芸能人が地方公演を行う劇場がない田舎では市長や地元企業の経営者が裃姿で登場して動員された市の職員や支持者、社員を相手に主役を演じています。
ところが野僧は幼い頃から字が読めなくても母親や託児所の保母が読んでくれる文章を丸暗記して1人で呟きながら場面の絵を描いて楽しむほど絵本が好きで、中でも日本の昔話「泣いた赤鬼」に出てくる青と赤の鬼さんの友情と自己犠牲に感激して「鬼は悪者じゃない」と確信するようになりました。
それからは鬼が退治される桃太郎よりも熊と相撲を取る金太郎を好むようになりましたが、小学校に入って子供向け今昔物語で金太郎が源頼光に仕官して京都に上ってから大江山の酒呑童子の鬼退治をやっていることを知って大いに失望しました。そして鬼ごっこをやっても鬼になっていることが嫌でないので真剣に追いかけないため友達から「つまらない」と非難されました。ところが保母の母親は野僧の鬼好きに拍車をかけるようにあまんきみこさん作・岩崎ちひろさん画の「おにたのぼうし」と言う絵本を買ってきたのです。
「おにたのぼうし」は「心優しい子供の鬼のおにたが節分の町を歩きながら入れる家を探しましたが、どの家も玄関先に鬼除けの生臭い臭いがするイワシの頭や目を突くヒイラギの葉が飾ってあって近づくことができず困っていました。すると一軒だけ何もしていない家を見つけて角(ツノ)隠しの麦わら帽子をかぶって玄関を開けてみました。
家の中にはおにたと同じくらい年の女の子がいて『貧乏だから鬼除けが用意できない』『鬼を追い払う豆が買えない』と嘆き、『不幸が続くのは悪い鬼のせいだ』と訴えました。それを聞いておにたは『鬼にだって色々いるのに』と呟くと帽子を残して姿を消してしまいました。女の子が帽子を拾うと中には炒った豆が入っていて1人で静かに豆をまきました」と言う物語で岩崎さんの哀し気な絵も相まって野僧は完全に鬼の味方になったのです。
したがって小庵では家々から追い出された鬼を集めてお菓子=供物を振る舞い、ご機嫌になったところで「地蔵菩薩本願経・閻羅王衆讃歎品(閻羅王が鬼王一族を代表して釋尊に質問する)」を勤めて=聞かせて佛教を守護するように諭しています。するとお経の終わりには「はーい」と快活な返事が聞こえるような気がします。
ちなみに曹洞宗の寺院では盂蘭盆会と同じ施餓鬼法要を勤めることが一般的ですが、欲望を抑制できず三悪道に堕ちた餓鬼と荒ぶる神である鬼神では全く別者なのでこの時期に法要を勤めることに意味はありません。そもそも曹洞宗では宗務総長が世界宗教者会議で部落差別を否定したことにつけ入られて以来、言葉狩りに励んで「餓鬼は差別語だ」と意味・根拠不明な通達を出して釋迦十大弟子で多聞第一の阿難陀尊者に由来する盂蘭盆会の法要の「施餓鬼」を炊き出しのような「施食(せじき)」に改称しています。
おにた
  1. 2024/02/04(日) 16:35:14|
  2. 日記(暦)
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