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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ729

「甑群島にはレーダーサイトの第9警戒隊があるんですが」「うん、それは説明を受けた」副島1尉の前置きに永田3佐は「そんなことは判っている」と続けたそうな口調で答えた。第1空挺団が約28キロを横断して何時頃に福江島分屯基地に到着したのかは判らないが、少なくとも航空自衛隊が実施している戦闘状況の説明は受けているようだ。
「その第9警戒隊は甑群島でも下甑島にあります」「それも聞いている」永田3佐の口調が苛立ちを帯びてきた。副島1尉は空港のエプロンに整列した第2中隊の前に立ち、報告を受けて指揮を執った永田3佐の戦闘員そのものだった風貌と体型、動作を思い出して凶暴な猛獣を興奮させているような気分になった。スペインやメキシコの闘牛でも牛の背中に短い手槍を突き立てて痛みで怒らせるが筋骨隆々の永田3佐と殴り合いなっては勝てそうもない。スポーツで鍛える航空自衛官とは肉体造りの次元が違うのだ。
「それでは申し上げますが先ほど中国漁船は上甑島でも北東に位置する海岸に向かったようです。第9警戒隊の下甑分屯基地からは約35キロの距離です」「なるほど」「つまり奴らの攻撃目標は航空自衛隊のレーサーサイトなどの防衛施設に限らないと言うことではないでしょうか」「なるほど・・・」2度目の相槌はかなり重くなった。ここで副島1尉は永田3佐に見解を言わせるために黙ることにした。
「つまりここで待機していても他の場所に上陸される可能性がある。島内を機動的に巡回せよと言うんだな」「そこまで具体的には申していませんがそれを検討してもらうべきではないかと考えています」「なるほど、ところでそれは分屯基地司令の命令、承認を受けての意見具申なんだな」「・・・いいえ」思いがけない念押しに今度は副島1尉の口調が重くなった。教育幹部の副島1尉は航空部隊司令部の訓練班長として射撃訓練での射場の使用や各体育種目の競技会の転地訓練などで陸上自衛隊と調整することがあるが質問や確認に航空自衛隊式に即答すると同様の念押しを受けることが多い。
競技会の選手の転地訓練=合宿を航空自衛隊の基地で実施すれば実力や戦術に関する情報が漏れるため陸上自衛隊の駐屯地に依頼するのだが、まさか戦闘指揮において天下の第1空挺団からここまで四角四面、形式通りの対応を受けると思わなかった。
「はい、はい、はい・・・はい、はい、はい・・・それではそのように」答えに詰まった副島1尉が黙っていると無線の向こうで永田3佐が複数の相手と調整している声が聞こえてきた。「はい」と返事をしているところを見ると上官であり、おそらく2佐の第6警戒隊長と第1普通科大隊長だろう。
「貴官の意見は判った。こちらでも関係上司の承認を得た。これから三井楽町の小中学校で待機している2個中隊を島内の要所に派遣して中国漁船の奇襲的着岸に備える作戦を立案する」「はい、お手間を取らせます」妙に恩着せがましい永田3佐の説明に副島1尉は真面目に感謝の意を表してしまった。
1993年7月12日の午後22時過ぎに奥尻島を襲った津波で航空自衛隊第29警戒群は分屯基地の営内者に災害派遣を準備させて官舎に居住している幹部と営外者には現場に直行することを命じた。それは1994年4月26日の名古屋空港での中華航空機の墜落事故でも同様でこれが航空自衛隊の初動対処だった。一方、1995年の阪神淡路大震災の時、陸上自衛隊の派遣部隊の多くは神戸市内の道路が不通だったため他の担当部隊が啓開するまで隊員をトラックに乗せたまま待機させた。それをマスコミに批判されると部隊長が編成を確認して指揮権を命下するのが指揮の要訣であると強弁した。つまり航空自衛隊式の初動対処は指揮権の手順から逸脱した邪道になるようだ。
「それでは1中隊を福江市内に移動させて待機、東側から北側の海岸の防備に当たらせる。2中隊は西側を南下して玉之浦の集落で待機、西側から南側の海岸の防備に当たらせるでよろしいですね」無線の向こうでは副島1尉を蚊帳の外において口頭での作戦の策定が進んでいる。多分、同席している陸上自衛隊の隊員がパソコンに入力して文章化しているはずだ。ならば交信を切らせれば良さそうなものだが永田3佐が許さなかった。どうやら副島1尉も傍観者として参加させておくつもりらしい。
「これで福江島の防御態勢は整うな」副島1尉はマイクを手で押さえて独り言を呟いた。
  1. 2024/02/08(木) 15:13:14|
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