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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ739

「やっぱり札幌地裁の自衛隊の裁判は強制起訴が大半だな」石田首相の職務放棄を行政訴訟すると言う馬鹿な思案にも疲れてきたので公判記録の確認を再開した。すると前半の被告人は自衛隊の警務隊によって刑事告発されたロシア軍の生存者だったが後半は指定弁護士が検事を務める強制起訴ばかりになり、捜査も新聞社の事件記者が下調べした上で警察に通報して確認を受けていた。当初、自衛隊は隊員の所属部隊と階級・氏名は防衛秘密に当たるとしてマスコミからの照会に対する回答を拒否していたが、捕虜の待遇に関する1949年8月12日のジュネーブ条約=第3条約の17条で捕虜には氏名、階級、生年月日、上級軍の番号、連隊の番号、個人番号=認識番号を答える義務を課していることを指摘されたため個人が知られて刑事告発の手続きが始まった。
「要するに自衛隊の武器使用が刑法の違法性阻却事由の正当防衛と緊急避難に該当するかと警察官と同様の手順を踏んでいるかで告発してるんだな」札幌地方検察庁の「戦争法ではなく刑事犯罪として起訴する」と言う決定を受けて第119地区警務隊も立件に向けた捜査と鑑識を開始したようでロシア軍が射ち込んだ弾道ミサイルによって死傷した稚内分屯地のレーダー・オペレーターや軍用機の空襲による第3地対艦ミサイル連隊の隊員たちについても殺人や傷害事件として証拠を集めている。どうやら第2師団管内の駐屯地医務室=衛生隊だけでなく自衛隊札幌病院の医官も動員・派遣して検屍と負傷の診断を実施させたらしい。それは第121地区警務隊も同様だった。さらにオペレーターについては倒壊した建物と落下してきたレーダーの部品による圧死が多いが撤去する時に写真と動画を撮影しているので死因も特定できている。
「警務隊の力作に比べて新聞社の方は現場写真ばかりで証拠物件としては片手落ちだな」刑事訴訟法では事情聴取の書類も証拠物件に含まれるので写真でも問題はないが、自衛官がロシア兵を射殺した戦闘行動を殺人事件としている以上、致命傷を特定して加害した弾丸と発射した銃器も提示しなければならない。その点、網走市内で射殺されたロシア兵の遺骸はしばらく放置されていたが樋熊や狐、野犬、猛禽類などが喰い荒らすようになったため郊外に投棄するようになったらしい。そのため第2師団は奪還後にロシア兵捕虜に遺骸を収容させたが名札や階級章が付いた迷彩服は着替えているので首に掛けている識別票だけで身元を特定したようだ。それでも第119地区警務隊は血液型やDNA鑑定で何とかしたそうなので流石はプロの仕事だ。
「森田謙作予備3曹の殺人事案に関する審査申し立て・・・森田って森田の息子だろう」実際の戦場を見慣れているはずの私も壮絶な戦闘現場と自衛官とロシア兵の悲惨な遺骸の写真を大量に見て気分が悪くなってきたところで公判記録とは別の表題を記した茶封筒を見つけた。これは検察審査会に起訴を要求する審査申し立てだ。
「森田謙作予備3曹は・・・当時だな。今は予備2曹になったはずだ」書類を読み始めると本文の冒頭から腹が立った。森田予備2曹が稚内で第3高射群の展開地に侵入しようとした武装工作員を射殺した当時は予備3曹だった。当然、第119地区警務隊の事情聴取の記録もその階級で記載されたはずだ。申し立てた人間は自衛官の犯罪と強調したいだけなので誤りの有無を確認するような手間はかけなかったのだろう。
検察審査会は検察が公訴権を乱用して起訴すべき事案を不起訴とした時にこれを抑制する権能を有する組織だ。ただし、マスコミは「民意を反映できる」と持て囃して自分が批判報道している政治権力者への審査申し立てを扇動しているが、審査に当たるのは裁判員と同様に該当地区内に居住する有権者から無作為に選ばれた11名だ。裁判員制度が導入された時、マスコミはアメリカの陪審員制度のように一般国民も司法に参加できると喧伝したが、アメリカは行政の大統領と立法の連邦議会の議員を投票で選ぶように司法にも陪審員として参加することで3権分立の全てに直接関与する権利を確保しているのだ。その点、日本の司法は専門的で高度な法律の解釈が裁判の主眼なので素人の関与は混乱を招く弊害の方が大きいような気がする。特に検察審査会は裁判員制度のプロ3名と素人6名による合議制とは異なり弁護士の法律的助言を受けながら素人11人で決定するので弁護士の誘導やマスコミの報道に左右される危険性は否定できない。
  1. 2024/02/18(日) 15:35:28|
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