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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

2月26日・日本のハードボイルド小説の先駆者・大藪春彦の命日

1996年の明日2月26日は暴力や反社会的な内容を批判ではなく題材にしたハードボイルド作品を日本で成立させた大藪春彦さんの命日です。61歳と4日でした。
大藪さんの経歴については当時の出版社は作家(漫画家も同様)の人物像を作品のイメージに合わせて脚色していたためどこまで事実なのかは不明ですが、ハードボイルドな人生を送ったことになっています。
昭和10(1935)年2月22日に日本統治下のソウルで派遣教員の家庭に生まれ、その年に山形県酒田市に転居しますが昭和16(1941)年に再び朝鮮半島北部の新義州に移住して国民学校に入学しました。ところが昭和20(1945)年に父親が出征した留守に敗戦を迎えると権力者たちは日本人移住者を残して本土に逃げ帰り(この経験が反権力の思想信条を生んだことになっている)、朝鮮人は取り残された日本人女性を凌辱し、金品を強奪してさらに進駐してきたソビエト連邦軍も同様に迫害しました。それでも大藪少年は盗みを働いて家族を支え、昭和21(1946)年に闇の渡航船に乗って祖母の家がある香川県善通寺市に帰国したのです。すると出征したまま連絡が付かなかった父親が先に帰国していて学校の教員に復職していました。
昭和27(1952)年に地元の新制高校に進学すると新聞部に入って革命を扇動する記事を書いたそうですが、天皇批判をとがめられて回収・焼却処分を受けたので文芸・演劇部に転部しました。この文芸部時代に「ドストエフスキー」「イエス・キリスト」と題する早熟な論評を書いたそうです。
昭和30(1955)年に東京外国語大学を受験しましたが失敗したため占領軍が善通寺市に創設した日本人をキリスト教徒化するための四国基督教大学に進学しましたが「イエス・キリスト」と言う論評を書いた大藪少年は大学で説かれているキリスト教に失望して中退しました。それでも英語教育に力を入れていた大学だけに図書館にはアメリカの幅広い書物が大量に揃っていてハードボイルド小説に出会うことができました。
翌年、早稲田大学教育学部英文科に進学すると射撃部に入ったそうですが、この時の経験が後年の大藪作品の銃器と射撃に関する詳細で具体的な描写につながっています。また神田の古書店でアメリカのミステリーを買い込んで乱読して翌年にはワセダミステリークラブに加入しました。
昭和33(1958)年に教育学部の同人誌に「野獣死すべし」を掲載するとこれを友人が日本のミステリーの先駆者・江戸川乱歩さんに見せたことで大手雑誌に転載されて「日本に出現した若手ハードボイルド作家」として一躍脚光を浴びました。
その後は全米ライフル射撃選手権極東予選での優勝や隠し持っていた拳銃による銃刀法違反の有罪判決、それを切っ掛けに転向した自動車レースに関する活躍が並び(それでも格闘技に関する逸話は伝わっていない)、どれも小説には結びつくものの本人の風貌や周囲が語る人間性はハードボイルドとは程多いので半信半疑です。また超人的肉体を持つ主人公が美しい女性を犯し、快楽に溺れさせる作品と違うのは有名な愛妻家だったことです。
  1. 2024/02/25(日) 14:13:50|
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