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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ747

「ダディ、朝早いけど好い」「おはよう。朝課(朝の勤経)を始めるところだ」翌朝、梢が朝食の準備にかかるのに合わせて起きる私が和室の布団を2つ折りに畳み、上に佛像たちが並べてあるクローゼットの前で灯明のローソクを点け、線香を焚いていると私のスマートホンが鳴った。志緒からの着信はアメリカ海軍のパイロットだけに「愛と青春の旅立ち」の主題歌にしているので懐かしい。ちなみに船乗りの淳之介は善通寺時代に教えた「金毘羅船々」だ。本当は定番の文部省唱歌「我は海の子」や加山雄三の「海・その愛」にしようか迷ったが今でも本人が唄っているそうなので採用した。
「どうした。また戦闘を経験したのか」志緒大尉が嘉手納基地に派遣されていることは昨日の電話で聞いている。そして昨日は中国の大漁船団が東シナ海を五島列島に向けて侵攻して海上保安庁に阻止されると五島列島から甑島群島、トカラ列島、奄美諸島に分散して行動したことは細切れな情報の張り合わせで推察していた。ただし、志緒大尉たちアメリカ海軍は海上自衛隊を漁船に専念させるために東シナ海で行動する中国海軍の艦艇に対処することが任務だと聞いたような気がする(実際は聞いていない)。
「私はバンダリー(境界線)上空で待機中だったけど交代するはずだった僚機が中国の漁船の携SAMに撃墜されたの」「その僚機の搭乗員は無事だったのか」普通の親であれば我が子が無事だったことに安堵した相槌を打つところだが私には元自衛隊士官としての分別が残っていた。志緒大尉も同業者なので理解してくれるはずだ。
「うん、放出するフレアが終わってしまって赤外線誘導で右翼のエンジンに命中したんだ。だけど何とか海面に不時着水させて脱出には成功したわ。ネーバル・ジエー隊の飛行艇に救助されたけど正副パイロットは重度の火傷を負ったの。搭載していた弾薬類が誘爆しなかったのが不幸中の幸いだった」志緒大尉の説明は4WⅠHがハッキリしないので事態の全体像が理解できないが、中国漁船がアメリカ海軍機を攻撃したのは判った。
志緒が哨戒機のパイロットになった頃、オランダにかけてくる電話で日常の体験を包み隠さず話すため私が秘密漏洩にならないかを心配して注意するとアメリカ軍では戦闘行動を業務と認識しているので自衛隊式に社会の受け止め方を懼れて口を噤むような過剰な秘密指定はしないと反論されてしまった。今の電話も志緒大尉が自分から話す内容を黙って聞いていれば軍事秘密の漏洩にはならないのだろう。
「それでネーバル・ジエー隊のPー1が携SAMの射撃を指令していた中国の駆逐艦を撃沈したんだけどそのパイロットが自分の手柄を自慢するように私に言うから無視してやったわ。USネービー(アメリカ海軍)でも空母の戦闘機パイロットには敵機を撃墜することを快感にしている人が多いの。でも哨戒機パイロットは敵艦を撃沈することで興奮したりしない。任務として攻撃して結果的に撃沈させているだけよ」前回のロシアの輸送艦の撃沈以来、志緒大尉は自分を責めるようなマイナス思考を繰り返しているようだ。あの時、私が説いた「人間ではなく敵を殺したと自分を納得させろ。お前が撃沈しなければ輸送艦が運んだ将兵と武器・弾薬で自衛隊はそれ以上の損害を被ったはずだ」と言う教訓は不十分だったらしい。
志緒がハワイで薫陶を受けた祖父のノザキ・ヤスト中佐はアメリカ空軍の輸送機パイロットであって世界各地の戦場に将兵や武器・弾薬を運搬し、戦死者の遺骸を収めた棺を連れ帰ったこともあったが直接戦闘に参加したのは1983年のグレナダ侵攻で空挺部隊を降下させたことくらいだ。そのためなのか息子のノザキマサト少尉は戦闘機パイロットを志望し、夢がかなって間もなく空軍からは原因不明と説明された事故で死亡した。
「多分、そのパイロットはお前に褒めてもらいたかったんだよ。海上自衛隊にとってお前は偉大な戦果を上げた英雄だ。その英雄に自分もやりましたって報告したんだ。男って奴はそんな可愛い生き物なんだよ」「ダディもそうなの」「ワシは・・・」思いがけない質問に私は困ってしまった。私は若い頃から梢には逃げ帰った惨めな負け犬として顔を胸に抱き締めて泣かせてもらっていた。以来、弱虫な自分を正直に晒している。
「ワシは虚勢を張ろうにも自慢できるようなことは何も持ってないからな」「馬鹿・・・」私の本音の自己評価に志緒大尉は娘として厳しい返事をした。
  1. 2024/02/26(月) 16:01:12|
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