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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ758

数日後、岡倉はニューヨークのテレビ局で収録された新潟での戦闘が終結したことを報道するニュース番組に出演したノザキ佳織元将補をロビーで待っていた。今日も迷彩服を着たノザキ元将補は両側を見送りに来たテレビ局の職員と思われる男性たちに挟まれて歩いてきた。右側の職員が大き目の演習バックを提げている。やはり芸能人のマネージャー、政治家や企業経営者の秘書のような随行者は連れていない。
「伊藤ちゃん、久しぶり」「えッ、岡倉くん・・・」「今はタイガーと呼んでくれ」3人の前に立ちはだかるように歩み出て日本語で声をかけると職員はロビーの隅の壁に立っているガードマンを呼ぼうと大声を出しかけたが、その前にノザキ元将補が驚いたような歓声を上げた。この反応を見る限り中国の武力行使の実態をマスコミで告発しているノザキ元将補には安全上の懸念があり、テレビ局としても建物から送り出すまでは厳戒態勢を敷いているようだ。特に中国系と識別できないアジア人の岡倉は怪しまれても当然なので今日はスーツのスリー・ピースで決めてきた。
「彼は旧友なの、ここからは2人で行くから結構です。どうも有り難う」「それでは今回の出演にお礼を言います」職員たちはノザキ元将補の迷彩服には似合わない朗らかな表情を確認すると顔を見合わせてうなずき、左側が握手している間に右側が演習バッグを岡倉に手渡した。中身は衣類のようで見た目ほどには重くない。それにしてもチャックを締めた状態でシリンダー錠を掛けるのは演習の移動でもやっていた習慣だが、手荷物の取り扱いが粗雑なアメリカの航空会社でも大丈夫なのだろうか。
「突然にどうしたの」「君の活躍をテレビや新聞・雑誌で見てどうしても会いたくなってね。モリヤとは別れたんだな」「うん、あっちは再婚したわ」テレビ局の前で拾ったイエロー・キャブ=タクシーの中で再会の挨拶に続く単刀直入な現状報告になった。
「それはまたあの堅物坊主とは思えないほど手が早いな」「ううん、20歳代の頃、沖縄で同棲していながら親に引き裂かれた彼女とやっと結婚できたの。岡・・・タイガーにも応援してもらって前妻から奪い取ったけど本当は折角離婚したなら私じゃあなくてその彼女と結婚するべきだったの」「話がヤヤコシ過ぎて理解できないが、伊藤ちゃんが納得しているなら何も言わないでおこう」岡倉の返事を聞いてノザキ元将補は安堵したように微笑んだ。間もなくノザキ元将補が今夜泊まるホテルの前にタクシーが止まり、運転手もノザキ元将補の迷彩服の襟に縫い付けてある桜星2つの階級章を見て将軍であることを察したようで下車してドアを開けた。そうして一緒に下りた岡倉の前に運転手が回って料金とチップを受け取った。
「岡倉くんの今の仕事はモリヤとも推察していたけどこうして会いにきてくれたって言うことは何か私に特別に提供する情報があるのね」「モリヤとはアフガニスタンの現地調査に通訳として同行したことがあるが2回目は優秀な秘書に交代したよ」「その秘書が今の奥さんなの」ホテルのロビーで待っていると私服でもセーターとGパンの軽装に着替えたノザキ元将補と日本食でも前川原の区隊の宴会で味わった九州料理のレストランで夕食には少し早い会食になった。岡倉にとって九州北部の料理は小倉出身の父親の好物でもあり、知愛や聖也とも家族連れで来店したことがある。そんな店に連れて来たのは肩の力を抜いて同期の気分で話すと言うことだ。会話も日本語だが客は日本人ビジネスが多く、店員も日本人留学生なので隠蔽にはならない。
「実は国務省の政治担当次官が伊藤ちゃんに会いたいって言うんだ」「それは唐突に大物を紹介するわね」日本のビールで乾杯して岡倉が選んだ小倉、博多、久留米、長崎、熊本料理のコースを箸で摘まみながら本題に入ると音量を下げるため顔を近づけた、
「何でも若い頃に日本で勤務していて時代劇ファンになったらしい。それで伊藤ちゃんが黒の喪服でパンチボールに墓参してインタビューを受けたの見て一目惚れしたって言うのがスタート(始まり)だ。以来、伊藤ちゃんの記事や番組を漏らさずチェックしているそうだから殆どアイドルの追っかけだな」岡倉の説明を聞きながらノザキ元将補は国務省人事を紹介する報道番組で見た新任の政治担当次官の顔を思い浮かべた。エリート外交官らしい紳士だが青い目には国際政治で辣腕を奮う底知れぬパワーも漂っていた。
  1. 2024/03/08(金) 14:51:03|
  2. 夜の連続小説9
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