fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

3月9日・記念切手記念日

明日3月9日は明治27(1894)年に明治天皇夫婦の結婚25周年=銀婚式を記念する郵便切手が日本で初めて発行されたことを記念する記念切手記念日です。
日本の郵便は明治3(1870)年5月に逓信権正(ていしんごんのしょう)の前島密さんがイギリス式の郵便制度の開設を提言し、前島さんのヨーロッパ出張中に後任の杉浦譲さんが具体化して明治4(1871)年1月24日に「書状を出す人の心得」と「郵便規則表」「郵便賃銭切手高並代銭表」の太政官布告が公布され、同年の太陰暦の3月1日=太陽暦の4月20日から東京から京都経由で大阪までを往復する配送達で始まりました。
切手は郵便制度が発足した明治4(1871)年に発行された手作業で竜を刷った切手から始まりましたが、当時は通貨の単位が江戸時代の「文」を踏襲していたので額面も「文」でした。また現在は手でも切り易いように周囲に刻まれている目打はなく、裏面に糊も塗っていませんでした。続いて翌明治5(1872)年に通貨の単位が改定されたことを受けてデザインは竜を維持したまま額面を「銭」に変更して目打を刻んだ切手になり、発行数が増加したため明治5(1872)年に4隅に桜を描いたデザインに簡素化すると仮名文字が入るなど度々変更されましたが、明治8(1875)年に外国郵便を開業した関係でそれまでは民間にも委託していた切手の製作を政府が一括して機械印刷で行うようになったのと同時にデザインも菊の紋章になりました。
一方、明治天皇夫婦の結婚25周年の記念切手については元来、日本には銀婚式を祝う習慣がなかったのですが海外の王室の儀礼を模倣して日本でも祝賀行事を催すことになると国王夫婦の個人的な祝賀行事でも切手を発行するのが常識だったため在日外国人の切手収集家たちからの問い合わせと注文が殺到した上、発行する予定がないことを知ると新聞に投稿したため政府が動き、普通切手の倍の大きさの赤の2銭と青の5銭の2種類を発行することを決定したのでした。そのため印刷面には英文で「インペリアル・ウェディング・25・アンバーサリー」と発行の趣旨が記載してあります。
ただし、この決定が発行予定日の式典当日から1ヶ月前を切っていたため印刷担当者は不眠不休の準備を強いられ、通常は1から2ヶ月かかる原盤を5日で仕上げました。その一方で当時の日本の技術では鮮明な肖像や風景の印刷は難しかったようで(イギリスが発行した世界初の切手のペニー・ブラックにはビクトリア女王の横顔が印刷されている)、中央に据えた菊の紋章の両側に鳳凰を寄り添わせた上に大日本帝国の文字、下に前述の英文を配した代わり映えのしないデザインでした。
なお発行はしたものの日本には記念切手と言う概念がなかく特別切手と呼ばれていました。その後は明治29(1896)年の「日清戦争の勝利」、明治33(1900)年の「皇太子=後の大正天皇の婚儀」、明治38(1905)年の「日韓逓信業務合同(事実上の接収)までは祈念切手と印字していましたが明治39(1906)年の「日露戦争凱旋観兵式」から記念切手になりました。それでも祝賀が趣旨なので明治天皇の崩御はなく、大正4(1915)年になってから大正天皇の即位の記念切手が発行されています。
  1. 2024/03/08(金) 14:52:53|
  2. 日記(暦)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<続・振り向けばイエスタディ759 | ホーム | 続・振り向けばイエスタディ758>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/8991-e0c6dc83
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)