fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ759

「今回は和服を持ってきてないなァ」「別に今から呼ぼうって言うんじゃあないから大丈夫だ」ノザキ元将補の意外なせっかちな反応に岡倉は呆れながら声をかけた。それを聞いてノザキ元将補は肩をすくめて飲みかけのビールのグラスを空にした。
前川原の頃の伊藤佳織候補生はアメリカの大学に留学中に母が病没し、それで気落ちした祖父母も健康を害したので帰国してからは雑事に追われて入隊した年齢は新卒者よりも2歳年長だった。そのためバブルの狂乱景気の悪酒の泥酔いが覚め切っていない同期のWACたちとは距離を取っていてその分、冷めた雰囲気があった。このお茶目な素顔を引き出したのがモリヤ候補生だとすれば最終的に離婚したとしても幸せだったのは確かであり、前妻からの略奪に協力=加担したことも失敗ではなかったはずだ。
「タイガーは結婚してるの」「うん、韓国陸軍の少佐殿を強奪した。今は退役してニューヨークで暮らしている。息子が1人いるよ」「貴方たちの職場は私もフィリピンの防衛駐在官を経験したから存在だけは知っているわ。加倍政権になってから海外の紛争に関する情報が現地リポート的になったのを見ても活躍を実感していたのよ。それでも人間として普通に家庭を持てるのなら安心したわ」ノザキ元将補は耳をすまさなければ聞き取れないほど声量を落として岡倉の仕事の話をした。岡倉は席に案内したウェイターがモリヤ元将補の椅子を引いている間にポケットから取り出したライターを落としてテーブルの下に録音式盗聴器が仕掛けていないことを確認していた。席についてからも発信電波を感知する装置を内蔵しているライターを運ばれてきた食器の影に置いている。
「ところで政治担当次官とは和服を着て食事するだけなの」食事を終えてレストランの隅に設(しつら)えてあるバーのカウンターに移動するとノザキ元将補は隣の席から顔を近づけて質問してきた。今まではテーブルを挟んでいたので安全な距離を確保できていたが、これでは個人的に危険極まりない。
岡倉も前川原ではバブルで浮かれていた大学時代の感覚で男子と戯れるWACの候補生たちに嫌悪感を抱き、孤高の存在になっていた伊藤候補生に好意を寄せていた。ところが肝心の伊藤候補生から妻子持ちのモリヤ候補生への想いを打ち明けられて掠奪の相談に乗り、名軍師の配役を受ける羽目になってしまった。
「『だけなの』って他に何があるって言うんだい」「私だった子供じゃあないのよ。日本とは定義が違うアメリカのセクハラくらい知っているわ」岡倉のオトボケに姿勢を起こしたノザキ元将補はバーテンダーが用意したボウボン(バーボン)の水割りを口にふくむと反論した。岡倉がグラスを持って乾杯しようとしたのは無駄になった。
日本では女性が不快感を持つような性的な話題や下心を感じさせる態度をセクハラと呼んでいるが実際はアメリカの管理職が権力を使って部下や取引先の女性に性的関係を強要することを意味している。それを伝え聞いた日本の女性記者が「同じ問題が行われるに違いない」と各企業の女性社員たちを取材した結果、日本の経営者や管理職は高齢で紳士なため空振りに終わった。しかし、編集部でスクープを予告していたので問題を提起しなければならず、そこで歪曲したのが「性的嫌がらせ」と言う日本式セクハラだ。
「そこまでは聞いていないが君も子供じゃあないんだったら・・・」岡倉は国務省アジア局の友人から政治担当次官の和服への憧れにはテレビの時代劇で見た帯を引っ張る独楽回しで着物を脱がす場面を自分で演じてみたいと言う下心も耳打ちされているのであえて否定しなかった。それにしても妻の知愛も日本人として生活しているため正月にはチマチョゴリではなく和服を着るようになったが独楽回しはやっていない。
「いっそのことハニートラップにできないかしら」「何だって」この驚愕も演技だ。岡倉は今回の一件はモリヤの元部下の松山1佐には報告していないが腹案としては中国が外交の常套手段にしているハニートラップの情報を収集して機材の手配まで始めていた。
「私は中学生で帰国した時、個人授業を受けていた担任の教師のアパートで犯されたの。以来、男性との肉体関係は一切なかった。だけどモリヤには何故か抱かれたいって願うようになった。でもそれは私の我がままだったみたい」「そんなことないよ、君は本気で奴に惚れていたんだ」岡倉の言葉にモリヤ元将補は顔を近づけて目を閉じた。
  1. 2024/03/09(土) 14:51:24|
  2. 夜の連続小説9
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<3月9日・児童の自虐趣味推奨?聖ドミニコ・サヴィオが昇天した。 | ホーム | 3月9日・記念切手記念日>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/8992-e752f266
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)