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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ760

「ゴクッ」岡倉は一つ生唾を呑むと右手でノザキ元将補の顎を固定すると顔を少し傾けて唇を押し当てた。これで鼻がずれて深い口づけになった。アメリカのバーのカウンターでは酒と会話で心まで酔った男女が口づけすることは珍しくない。するとノザキ元将補がボウボンの味がする舌を差し入れてきて岡倉の口の中で絡め始めた。
「やっぱり目を開けてる」口づけが恍惚を誘い、親指と人差し指で顎を摘まんでいた右手を首筋に這わせて乳房に移動させると突然、ノザキ元将補が目を開けて唇を放した。仕事で女性を籠絡する時の習慣で表情を観察していた岡倉はノザキ元将補の鼻息が荒くなり、乳房に触れても抵抗せず、表情から意識が消えて肩が喘ぎ始めたように感じていたので意表を突かれて咄嗟に返事ができなかった。
「奥さんの少佐殿には黙っておいてあげる・・・って言えばハニートラップになるのね」正面に向き直ったノザキ元将補はボウボンのグラスを口に運ぶと勝者の笑いを浮かべて黙っている岡倉に声をかけた。確かに韓国陸軍の元少佐である知愛は国家の公式機関である軍の諜報関係者が海外での活動で繰り広げている人道に反する行為を知っており、女性を情報源とするために肉体を奪っていることも自分の若き日の体験と重ねるようになっている。だから岡倉は家庭では理想の夫で父親であろうと心がけ、それを実践していることに人間としての尊厳を感じるようになっている。
ところが今回の口づけは知愛があえて無視している職務上の籠絡なのか自信がない。少なくとも岡倉は前川原駐屯地の幹部候補生学校で出会った頃、伊藤佳織候補生に好意を抱いていた。軍師として掠奪に協力した結婚が破局を迎えたノザキ元将補と再会を果たし、古くて淡い恋心が胸に蘇ったのならそんな自分が愛らしくなる。何よりも口づけはノザキ元将補の方から誘ってきた。つまり岡倉がハニートラップに掛かったのだ。
「うん、君のハニートラップは見事だったよ。俺も完全にやられてしまった」「フィリピン軍は私が単身赴任していることを知って逆ハニートラップを仕掛けようとしてきたの。それで在東京の駐在武官が私の好みの男性を調査したらしいんだけど旦那が同期の従軍坊主の法務士官の弁護士と判って『フィリピン軍には該当者がいない』って諦めたんだって」岡倉が敗北を認めるとノザキ元将補はようやく持っているグラスを近づけて乾杯をした。岡倉は口の中で「完敗」と唱和した。
「しかし、さっき中学生で帰国した時、担任に犯されたって言っただろう。それからは肉体関係がなかったんだったら男は2人しか知らないことになる。そんな君がモリヤ以外の男に抱かれることに抵抗はないのか」「それって禁句よね」「あくまでも同期として訊いている」岡倉は国務省アジア局の友人から政治担当次官がノザキ元将補に関心を持っていると聞いた時からハニートラップに使うことを考えていたが、同時に女性としての尊厳を傷つけることに対する躊躇も抱いていた。勿論、それはプロとして非情に徹し切れていない甘さとして恥ずべき私的感情だ。
「中学の担任の古河は私がバージンだったって分かると思い通りに弄べるペットにしようと調教し始めたわ。古河の婚約者が気づくまでの2カ月間に私は古河に快楽を与えるための技を教え込まれた。ところがモリヤは優しさだけで私を抱いていた。古河のように全身の性感帯を探してもそこを私が気持ち好いように優しく刺激してきた。自分の快楽のために抱くことはなかったわ」「それで君は満足だったのか」「私だって性欲はあるからこっちから挑みかかることもあったわ。すると全力で応じてくれた。激しかったァ・・・」ここで話がシモに落ちてノザキ元将補は恥じらいの表情を浮かべた。
「だけどあの刑事裁判の拘留生活でED(勃起不全)になってしまって・・・」「あの頃、モリヤはまだ30代後半か40代前半だろう」「42歳だったわ」精力の衰えを痛感している岡倉は20年も早く性的能力を失った同期に心から同情した。
「それからの彼は私に申し訳ないと自分を責めるようになって、私は医官に相談して快復するための手立てを試したんだけど無駄だった。ところが梢、今の妻との生活では自然に回復してセックスを実施したのよ」ノザキ元将補の表情は嫉妬交じりの敗北感で暗転した。妻・女としての敗北感がこの下劣な任務に身売りさせているのなら哀し過ぎる。
  1. 2024/03/10(日) 15:20:23|
  2. 夜の連続小説9
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