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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

何故、マスコミは海外自動車企業のEV車からの撤退を報じないのか。

先週末に新聞とテレビで「日産とホンダが電気駆動=EV車の開発と将来的な製造において部品の共有化などの提携を前向きに検討している」と言うニュースが流れました。
確かに貿易の自由化が世界の潮流になっている以上、企業の競争相手は国内の同業他社ではなく海外で共通した製品を製造・販売している企業であり、その競争力を強化するためにあえてライバルと提携を結ぶのは一つの見識です。その一方で日本の経済界は国内需要を経営基盤にしているため販売競争が終息することはなく、むしろ機械操作に熟練して目と舌が肥えた消費者相手の競争原理が製品の性能を極限まで高め、海外の企業には到底真似ができない高度な品質を保持することになったことも忘れてはなりません。
そんな日本企業の偉大なる成功を政治とマスコミが踏み躙ったのが今回の提携の目的になっているEV車でした。日本では1995年11月の第31回東京モーター・ショーでトヨタがガソリン・エンジンと発電機を併用して飛躍的に燃費と排出ガスの浄化を向上させたハイブリット車・プリウスを発表して1997年から発売を開始すると環境問題に関心を寄せていたアメリカやヨーロッパの富裕階層や著名人が競い合うように購入して「プリウスに乗ることが環境問題に対する改善努力」と言う風潮が広まりました。
ところがアメリカ人は海外自動車メーカーの販売攻勢に慣れているので外国車でも気に入れば愛用しますがヨーロッパ人は自国製の自動車に対する執着が強く、本音では嫌々ながら購入したプリウスで想像以上の燃費と排出ガスの浄化を実感すると自国の自動車メーカーが同様のハイブリット車を開発しないことを非難するようになり、「何でも環境に良い自動車を開発する」が至上命題になったのです。
こうして苦肉の策として発売したのがEV車でした。確かにEV車は電気モーターで稼働するので燃焼による排出ガスはなく環境汚染はありませんが、充電する電力を火力発電所(原子力発電所は市民団体が許さない)で賄えば大量の排出ガスが発生し、頼みの風力や太陽光では全く足らない矛盾=現実を日本政府や企業は指摘していました。しかし、教条主義のヨーロッパの市民団体が現実を無視するのは毎度のことで「排出ガスを出さない」と言う一点だけでEV車を「環境を傷つけない唯一絶対の自動車」と断定して世界の自動車メーカーに追従を強制する運動を開始すると日本のマスコミも同調したのです。
日本政府はこれまでの主張を維持しながら無視すれば良かったのですが、安倍晋三復活内閣の最後に環境大臣になった刺青又さん=小泉又二郎議員の曾孫が2019年9月の国連環境サミットでスウェーデンのグレタ娘の罵声を聴いて心服・共鳴したような発言をしたため「ヨーロッパの市民運動に追従することが日本の環境行政」とマスコミが報道するようになり、全く必要がないEV車の開発にも手を着ければならなくなりました。
しかし、海外ではEV車の増加によって日本が指摘していた矛盾が現実に発生して売り上げが激減したため製造からの撤退を表明する自動車メーカーが相次いでいるのです。日本のマスコミ、特にNHKはこの事実を隠蔽するようにEV車の開発を推奨していますが、無駄な投資と労力を投じる前に手を引くことを勧めるのが責任=贖罪でしょう。

  1. 2024/03/18(月) 15:05:20|
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