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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

3月27日・山岳信仰の司祭?ウェストンの命日

1940年の明日3月27日は聖公会=イギリス国教会の宣教師・司祭としての3度の滞在中、日本では信仰の対象になっている山岳に次々に登頂して、そこで感じ取った魅力を世界に紹介したウォルター・ウェンストン司祭の命日です。78歳でした。
2016年から何も根拠・由来がない8月11日が「山の日」と言う休日になっていますが、登山家たちの聖地・上高地でその功績を顕彰するために昭和22(1947)年から催されている6月の第1日曜日の前日から翌日までのウェストン祭を尊重するべきでしょう。わざわざ休日を作らなくても8月には夏季休暇がありますから旗日がない6月の方が喜ばれるはずです。
ウェストン司祭は1861年にイギリスの大ブリテン島の中央にあるダービー市で生まれました。基礎教育の後、1876年から1880年までダービー校で学び、ケンブリッジ大学に進学しました。1883年に教養学の学位を取得するとイギリス国教会の聖職者の教義継承の儀式を受けるようになり、1887年に修士を取得してケンブリッジ大学の神学校で聖職者になるための課程を履修しました。
明治21(1888)年に宣教師として日本に派遣されると神戸に滞在しながら明治23(1891)年からイギリスでも趣味にしていた登山を始め、富士山を皮切りに九州の阿蘇山、霧島山系の韓国岳(からくにだけ)と高千穂峰、桜島(九州最高峰の屋久島や久住山系には登っていない)、日光白根山に登頂しました。明治24(1892)年には軽井沢に宿泊して浅間山、松本から槍ヶ岳、さらに翌年にかけて飛騨山脈、木曽山脈、明石山脈、そして富士山に数回登頂しています。ちなみに槍ヶ岳は文政11(1828)年7月20日に浄土宗の播隆和尚が初登頂して厨子に収めた阿弥陀如来、観世音菩薩、文殊師利菩薩の三尊像を安置し、その後も山頂の岩塊に登る鎖を設置しています。外国人としては明治11(1878)年7月28日に大阪造幣局に招聘されていたイギリス人のウィリアム・ゴーランド技師が登頂しました。明治26(1894)年には前穂高岳と恵那山、さらに明治13(1880)年に開設されながら維持費が確保できずに廃道になった立山新道を長野県側から辿って立山に登頂して帰国しました。
帰国後の1895年にイギリスで「日本アルプスの登山と探検(前述のゴーランド技師が命名した『日本アルプス』を流用した)」を出版し、明治28(1896)年4月に結婚すると6月に再来日して今度は横浜の聖堂の司祭として住持しながら妻帯同で登山を再開しました。明治37(1904)年には山梨県の鳳凰山の地蔵ヶ岳で日本初のロック・クライミングを行い、明治38(1905)年に帰国しました。
明治44(1911)年に3度目の来日を果たすと横浜に滞在し、大正2(1913)年には妻が槍ヶ岳に女性として初登頂し、戸隠山や高妻山にも初登頂したため旧戸隠村のキャンプ場では現在も8月第1土曜日にミセス・ウェストン祭が催されています。
そして大正4(1915)年に帰国すると王立地理院から日本の著名な高峰を登頂・調査・紹介した功績で1917年にバック・グラント賞を授与されました。
  1. 2024/03/26(火) 16:32:49|
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