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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

3月14日・名優・寺田農(みのり)さんの逝去を悼む。

3月14日に幅広い役柄で数多くの映画やテレビ・ドラマに出演してその存在感が強く記憶に残っている名優・寺田農さんが亡くなったそうです。81歳でした。
寺田さんは戦時中の昭和17(1942)年11月に東京で洋画家の長男として生まれました。「農」は父が後漢の詩碑に刻まれている文字からつけた本名です。
敗戦後の小学校3年生から当時は全くマイナーな球技だったサッカーを始め、中学・高校では部活動のキャプテンを務めるまでになる一方で父が新聞で尾崎士郎さんの連載小説の挿絵を描いていたため自宅に来る新聞記者に接するうちに憧れるようになったようです。そうして新聞記者になるために早稲田大学第2政経学部を受験すると面接の試験官が早稲田大学サッカー部の監督で「君はウチでサッカーをやるために受験したのか」と質問されて「はい」と答えて合格したため強豪チームに入ることになり予定外に体育会系の大学生活を送ることになりました。ところが19歳だった昭和36(1961)年に役者を志望して文学座の第1期研究生に合格すると大学との両立が困難になって中退しています。文学座の第1期生では悠木千帆=樹木希林さん、岸田森さん(悠木さんと結婚した)、橋爪功さん、小川眞由美さんなどと同期で19歳だった寺田さんと悠木さんは最年少でした。
昭和39(1964)年に劇団雲に移ると翌年に松竹の「恐山の女」で映画デビューし、同年にラグビーの青春ドラマ「青春とはなんだ」でテレビ・デビューすると翌年の映画「これが青春だ」にも出演するなどサッカーの経験が役に立って注目を集めました(舞台は文学座の研究生時代にチンピラ役で出演している)。
そして昭和43(1968)年に左翼映画人・岡本喜八監督の戦争映画「肉弾」で特別攻撃・伏竜(潜水具を着けて海中で敵艦を待ち、近けば自爆する)を命ぜられたまま終戦を知らずに任務を遂行していたあいつ(役名)で主演すると毎日映画コンクールの主演男優賞を受賞しました。以降は数多くのテレビ・ドラマや映画に出演していますが、テレビ・ドラマでは単発出演の脇役が多く大河ドラマや「大地の子」「Gメン75」「飛び出せ青春」「大岡越前」、必殺シリーズ、土曜ワイド劇場などで会った記憶があるだけですが、映画では東宝8・15シリーズの昭和45(1970)年の「軍閥」と翌年の「沖縄決戦」、昭和53(1978)年の「野性の照明」、昭和56(1981)年の「セーラー服と機関銃」、昭和58(1983)年の「魚影の群れ」、昭和63(1988)年の「うれしはずかし物語」、1994年の「夜がまた来る」と声優として出演した「天空の城ラピュタ」などが記憶に残っています。中でも「うれしはずかし物語」では川上麻衣子さん、「夜がまた来る」では夏川結衣さんと濡れ場を演じていますが、バージンを奪った若い川上さんが快感を覚えて積極的になるのに困惑して「上になるんですか」と質問する中年親父の心理描写や浮気用に借りたアパートの2階の向かいの部屋で妻の本阿弥周子さんも浮気をしているのと対面するシーン、浴室で覚醒剤の摂取で意識を失っている夏川さんを若衆の椎名桔平さんに抱かせて風呂に漬かりながら眺めている陰鬱な表情は寺田さんでなければ演じられないでしょう。数々の作品での名演技に感謝しつつ冥福を祈ります。
  1. 2024/03/28(木) 16:13:06|
  2. 追悼・告別・永訣文
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