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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ779

「総監、隊員諸官にも英霊を供養のために個人資格で合掌することや念佛を唱えることをお許し願えませんか」「元法務官が言うのだから法的に問題はないんだろう。許可する」私は蓮床和尚が整列している部隊の中央にある低い台の後方に置いた長机に並べた灯明の蝋燭に火を点けてそれで香炭を炙り、角香炉に備えるまでに東部方面総監に儀式の参加者として行うべき作法の許可を求めた。会場には撤収作業を取材しているマスコミ関係者が顔を出して周囲から私たちの行動を注視しているが、普段の悪意に満ちた視線ではなく午後から村上市内で行う慰霊法要で一緒に供養する対人地雷・POM3で殉職したテレビ局の若手記者に焼香するための作法を学習しているようだ。
チーン、チーン、チーン、「導師入場」今回の儀式での私の役柄は司会進行になっている。現役時代の階級だけでなく坊主としても宗派の管長猊下の左券(允可状)を受けている私が格段に高いのだが今の坊主の世界で「悟り」を認めているのは臨済宗くらいで、それも「7つある宗派のトップになるための箔付け」と始めから「悟り」を放棄している曹洞宗は揶揄している。したがって儀式の導師は職業坊主だけの話し合いで住職を務めている寺の格式と檀家数=経済力で曹洞宗の元曹長の坊主に決まった。
地域の佛教会などの複数の宗派が参加する合同法要では浄土真宗は「修行をしていない」と目立つ役柄は遠慮するようだが、この導師も首都圏の部隊に勤務している間の2年間に横浜市鶴見区にある大本山・總持寺に毎週末通った特別安居(あんご)で資格を取ったので坊主の世界では軽く見られているはずだ。何にしても寺院に住んですらいない私と蓮床和尚、今も山岳で修行している新義真言宗の修験者の出番はなかった。それでも修験者には蓮床和尚が用意した火焔太鼓を叩いてもらうことにしている。法要での鐘や太鼓の音には邪気を祓う功徳があるそうなので本音ではこちらに一番期待していた。
チーン、チーン・・・曹洞宗の坊主が手鐘(しゅけい=柄の先に鐘をつけた携帯式)を叩きながら先導する後について導師が入場した。今日は全員が作務衣なので導師は朱色や黄色の法衣を着て目立つことはできないが、首には金襴の絡子を掛けて精一杯存在感を演出している。そう言えば作務衣も一流法衣専門店で買った高級品だった。他の坊主たちも禅宗は輪がついた絡子、浄土宗は輪がない略威儀、浄土真宗は輪袈裟、日蓮宗は肩袈裟だが私と蓮床和尚は法然上人に倣って黒の略威儀なので下っ端に見えてしまう。
長机の香炉に持参した長い線香を立てて角香炉で焼香して数珠を揉んだ導師が折り畳み椅子に腰を下ろした。この椅子も「寺院の導師用の曲録(きょくろく)を持っていく」と言ったらしいが観光バスの荷台には必需品の火焔太鼓だけで手一杯だった。
ドン、「妙法蓮華経観世音菩薩普門品偈」手鐘を構えた曹洞宗の坊主が息を吸ったのに合わせて修験者が火焔太鼓に撥(ばち)を当てた。
「観音経」とも呼ばれる妙法蓮華経観世音菩薩普門品偈は日蓮宗では竜の口の法難で斬首される時、日蓮がこの経文を唱えると武士が振り上げていた太刀に落雷して(「江の島の方向から光の玉が飛んできた」とする話もある)刑の執行を免れたと言う伝説を創作しているように「災害や戦乱、犯罪による災厄から観世音菩薩が護ってくれる」と説いている。しかし、戦死者の供養では観世音菩薩の力不足を揶揄しているようだが曹洞宗と日蓮宗の坊主たちが共同戦線を張って主張したので浄土宗と浄土真宗側は折れるしかなかった。確かに妙法蓮華経は兎も角として浄土三部経の観無量寿経では阿弥陀如来の救済を働き回って援助する姿が描かれているのでこの妥協も間違いではない。
ドン、ドドンド、ドンドンドン・・・修験者の太鼓は太鼓を叩く位置で音程を変えながら(中央と叩くと低音、端なら高音になる)強弱をつけて坊主8人と列中の隊員が低い声で唱和する妙法蓮華経に見事な迫力を与えていた。
「次は唐松バプテスト教会の浅見牧師によるロシア軍戦死者への聖書の詠唱です」「続いて九段の自衛隊の戦死者の合祀を拒否している某神社に奉職している物部出仕(しゅっし=見習い)が北朝鮮軍の戦死者の魂魄の怨念を祓い、母国に帰るように諭します。なお、柏手は音を立てないように打って下さい」司会進行として説明しながら東部方面総監に念佛の許可はもらったが柏手を忘れていたことに気がついた。後の祭りだが。
  1. 2024/03/29(金) 15:07:04|
  2. 夜の連続小説9
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