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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ780

禅宗坊主の読経が終わり、私と蓮床和尚に浄土真宗の坊主の3人に参列者が唱和した浄土宗式の念佛が終わると浅見牧師が独特の節回しで聖書を詠唱して讃美歌を唄った、そうして浅見牧師が「アーメーン」と唱えて退場すると雇われ神職の出番だ。
私の案内を聞いて整列している隊員たちの間で囁(ささや)き声が広がった。この元准尉の雇われ神職が務めている東京・九段にある神社本庁に属さない神社は戊辰戦争の東征大総督だった有栖川宮熾仁親王の命令で長州の村医者出身の軍監・村田蔵六が創建した官軍と称する薩長土肥側の戦没者限定の慰霊施設だが、村田蔵六が明治2年に長州藩士に暗殺されると山口陸軍閥が「一般庶民でも徴兵で国のために戦死すれば英霊・軍神になれる」と利用するようになり、敗戦までは兵部省・陸海軍省が統括していた。
ところが敗戦後も小倉藩兵や彰義隊、奥羽越列藩同盟軍の戦没者を賊徒と差別し続けているのを批判されると徳川家の枝胤(しいん=親族)で福井藩主の松平春嶽の孫の元自衛官や盛岡の南部藩主の息子を宮司に担ぎ上げるようになった。しかし、最後の将軍である德川慶喜公の曾孫の宮司が旧幕軍も合祀する意向を表明すると事実上の解任に追い込んだだけでなく加倍政権の安全保障関連法案の審議に対しては不関与を明言して戦死者の名簿を作成・通知する厚生労働省に自衛官の合祀を拒否した。
このことは隊員の士気の低下を危惧する内局や陸海空幕僚監部が隠蔽したが、一部のマスコミが悪意を以って報道したので関心を持っている世代の隊員の間では知られている。さらに今回の武力衝突で実際に戦死者が出ると部隊葬や追悼式典の弔辞で「軍神」や「英霊」と言う呼ぶことを躊躇する気分を生んでいた。
ただし、私の紹介は雇われ神職本人や職場を誹謗したのではなく北朝鮮軍の戦死者の魂魄に母国が忌み嫌う宗教施設と自衛隊の否定的な関係をあえて解説しただけだ。かなり皮肉な表現になったがそれは致し方ない。
雇われ神職は中央の長机の手前で東部方面総監に深々と礼をした後、自衛隊式に回れ右をして机の前に歩を進めた。それでも履いているのは神職の木靴・浅沓(あさぐつ)なので半長靴のように踵(かかと)を打ち合わせて音を立てることはできなかった。頭には略式の烏帽子を載せているが着帽していても挙手の敬礼でなくて良いのだろうか。
シャッ、シャッ。雇われ神職は机の前でも深々と礼をすると右手に抱えてきた佛教の払子(ほっす=法要で導師が使う先に白い毛を植えた法具)に当たり一般的には「お祓い棒」と呼ぶ大幣(おおぬさ=昔は「大麻」とも書いたが麻薬の「たいま」と同じ漢字になるので用いなくなった)を大きく振った。横で見ていた私はまだ火が点いている灯明を倒さないか、大幣の紙垂に火が燃え移らないか気が気ではなかったが炎が揺らめいただけで無事に終わった。私は「ホッ」と溜息をついた。
「本日は国命によりこの異境地で果てた多くの朝鮮民主主義人民共和国軍の将兵の英霊の追悼慰霊祭を執り行います。朝鮮民主主義人民共和国軍の戦没者英霊が母国の家族の下へ帰られることを祈願します」続いて着物の胸の合わせに差していた折った和紙を広げて祝詞(のりと)を読み始めた。何度か参列したことがある神道式の葬儀で聞いた祝詞では最初に天照大神や八百万の神々に挨拶していたはずだが省略したようだ。やはり北朝鮮が無宗教の国家であることを知っての配慮らしい。
「ことの是非も死なば問われることなく魂は黄泉の国に旅立ち、永遠の安らぎの中で生まれ変わります。どうか穏やかにお過ごし下さい。今、皆さんの魂が安らかに眠れますように心からの感謝と共にこの祝詞を捧げます」神道の葬儀では故人の生涯を美辞麗句で脚色した物語調に語って「こんなに良いことをして皆に感謝されているのだから永遠の安らぎを得ても当然だ」と参列者を納得させる構成になっているが、多くの同僚を殺害した敵軍に「感謝」する者はいないだろう。要するに神道の葬儀用祝詞の定型を参考にして文章を作成したのだが、最後の一節の吟味が足りなかったと言うことだ。坊主が葬儀で渡す引導も佛具店が参考書=台本集を販売しているが似たようなものだろう。
「それでは神職の動作に合わせてお願いします」パチッ、パチッ。何故か音が聞こえた。数千人の中のウッカリ者はそれなりの人数になるので結構、大きな音になった。
  1. 2024/03/30(土) 16:01:43|
  2. 夜の連続小説9
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