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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ782

「洒水(しゃすい=水を撒く浄め)の代わりに日本酒を使いましょう」「真魚ちゃん(善通寺で呼んでいる空海の幼名)が定めた真言宗の十善戒には不飲酒戒が入っていないことは知ってるがそう言う意味だったのか」「応用動作ではありますが」激しくうなされ続けている雇われ神職に向かいながら修験者は職業坊主たちの酒席で酒瓶を取り上げた。私も真言宗の十善戒に本来の佛戒をかなり省略している日本の大乗佛教の十重禁戒には残っている不酤酒戒が欠けていることは知っている。ただし、Ⅰ型糖尿病で厳格に栄養管理されている私は冬季の山中での修行で身体を温め、炭水化物の熱量を補給することが目的だと理解していた。一方、この説明では酒に含まれているアルコホール分による殺菌消毒のようだ。と言っても醸造酒としては世界で最もアルコホール度数が高い日本酒でも焼酎のような蒸留酒でなければ殺菌効果は期待できないはずだ。鎌倉幕府の業務日誌・吾妻鏡によれば平泉の衣川で討たれた源義経の首は酒に漬けて鎌倉まで運んだが、夏だったため腐敗が進んで首実検では本人と断定できなかったとある。
「・・・ンダッ・・・ミョンッ・・・ッソッ・・・」息も絶え絶えで叫んでいる朝鮮語が意味不明になっている雇われ神職の横に立った修験者は聞き覚えがある陀羅尼を唱えながら5合瓶の底に少し残っているだけの地酒を仰け反っている顔の額に振りかけた。すると雇われ神職は顎を引いて深く息を吸って吐いた。この陀羅尼は真言宗では灌頂(かんちょう=水を頭に注ぐ伝法の儀式)の時に用いる佛頂尊勝陀羅尼だ。曹洞宗や臨済宗の経本にも載っているが使い道は示されていない。
「お坊さま方から分けていただいた酒なら功徳もあるだろう」続いて100円ライターで香炭に火を点けた修験者に声をかけると飲酒を中断させられた職業坊主たちは皮肉と受け取ったのか苦々しそうな顔をこちらに向けた。
江戸時代までは僧侶の生活を寺社奉行が監視していたので戒律を破ることは罪に等しい処罰を受けた。ところが明治政府は廃佛毀釋の一環として佛教を浄土真宗並みに堕落させることを画策して肉食や飲酒を解禁しただけでなく妻帯まで認めて寺院を世襲制にした。そのため坊主たちは十重善戒を保たない言い訳として不酤酒戒を「酔って乱れることを禁じているのだから強くなれば良い」と酒を浴びている。女性との性交を禁ずる不邪淫戒も「妻との肉体関係は邪淫ではない」と表向きは浮気・不倫を控えている。
「それで経は何を勤めるんだ」「それは言えません。和尚は後ろで不動の真言を唱えていて下さい」角香炉を前の座席の背もたれから下げた小机に置いて焼香した修験者に確認すると参加を拒否されてしまった。真言宗では僧侶が唱える経典、特に陀羅尼には強い法力があるため原則として門外不出としている。実際、佛具店で売っている真言宗の経本には「素人が供養で勤めるのはこれで十分」と言わんばかりに宗派を問わず認知度が高い経文が羅列されている。私も久居時代に大峯奥駈道の在家の先達と知り合ったが、「山であの世に行く」と言っていた。つまり生死の境を経験する修行なのだ。
「なうまく・さんまんだー・ばーざらだん・せんだー・まかろしゃーだー・そわたやー・うんたらーた・かんまん・・・」修験者が算盤の玉を薄くしたような形の木製の玉を多数つなげた数珠を揉みながら会話とは全く違う太い声で陀羅尼を勤め始めると私も指示された通りに不動明王の真言を唱えた。この長い真言はテレビの時代劇などの加持祈祷や呪詛の場面では護摩を焚きながら坊主や山伏が唱えている。
修験者の勤経に声に底力が加わってくると雇われ神職は身悶えして苦しみだした。私の目には赤黒い影が首にしがみついて除霊に抵抗している姿が映っている。それを修験者が法力で引き剝がそうとしているのだ。私も真言に力を込めた。
「・・・しりえい・そわか・・・おん」禅僧の「喝」のように修験者が気合を込めた一声を投げつけると赤黒い影は吹き飛ばされ、ガラス窓を通り抜けて外へ消えていった。私の耳には「ギャー」と言う断末魔が確かに聞こえた。
「和尚の法力も大したものですね。私1人では敵いませんでしたよ」脱力して寝息を立てている雇われ神職を見下ろしながら修験者が褒めてくれたが、私もプロの仕事に感服していた。やはり我々の除霊は供養が基本なので怨霊には力不足なのを痛感した。
  1. 2024/04/01(月) 15:59:24|
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