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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

「大東亜戦争」が問題になるのならこっちはどうだ!

愚息1が先日まで所属していた埼玉県大宮駐屯地の第32普通科連隊が4月5日の公式X(旧ツイッター)で「32連隊の隊員が大東亜戦争最大の激戦地硫黄島において開催された日米硫黄島戦没者合同慰霊追悼顕彰式に参加しました。謹んで祖国のために尊い命を捧げた日米双方の英霊のご冥福をお祈りします」と投稿したところ「大東亜戦争は戦前の政府が決定した呼称なのであえてそれを使うのは精神(=軍国主義)も踏襲しているように見える」「犠牲になった戦没者を英霊と賛美するのは時代錯誤だ」と批判する書き込みが複数寄せられたため「大東亜戦争」と「英霊」を削除して再投稿したようです。
野僧は軍国主義とは関係なく大正時代に祖父が徴兵で山形の歩兵第32連隊に入営して朝鮮と満州の国境線で憲兵として勤務していたので愚息1が配属された時には縁を感じていました。さらに2018年7月14日のフランス革命記念日の観閲行進で日仏修好160周年を記念してパレードの先頭を歩いたのも第32普通科連隊でした。
確かに「大東亜戦争」と言う用語は昭和16(1941)年12月8日の陸軍のマレー半島上陸作戦と海軍のハワイ真珠湾空襲から4日後の12月12日に東條英機内閣が「今次の対米英戦は支那事変を含めて大東亜戦争と呼称する」と閣議決定して以降は敗戦まで公的には用いられていましたが、時期から見てアメリカとの太平洋上での戦争は含まれていても前日の12月11日にナチス・ドイツとイタリアがアメリカに宣戦布告したヨーロッパ戦線の第2次世界大戦まで加えるのかは言明にしていません。
実際、戦勝国のイギリスやフランス(ビシー政権は降伏していた)と敗戦国のドイツやイタリアでは第2次世界大戦とアジアにおける日本との戦争は明確に区別していて終戦の日はナチス・ドイツが降伏した5月8日(ロシアは調印式が翌日まで及んだため5月9日)になっています。日本との戦争も記録する必要があるアメリカやイギリス、新旧中国では別の対日戦争になっていて終戦の日は降伏文書に調印した9月2日です。
一方、敗戦後は戦前の軍人政権の決定は一律に悪事とする風潮の中で「大東亜戦争」も公的には否定さなかったもののマスコミや学校教育で用いられなくなり、国民としても単なる「戦争」として本音では父や兄や弟や息子が無事に還ることだけを祈っていたので、たちまちに廃(すた)れてしまいました。そして交代のように用いられるようになったのが「太平洋戦争」ですが、これでは主に海軍がアメリカと戦っていた艦隊決戦や離島の守備戦だけを差し、陸軍が主力を投入していた東南アジア戦線は抜け落ちています。近年の日本人が東南アジアでの戦闘や政治工作に関する知識を持っていないのはこの「太平洋戦争」と言う呼称で歴史を教えられていることが原因かも知れません。
野僧は個人的に「対米英戦争」若しくは「対米英中戦争」と呼んでいますが、開戦当初に攻略したインドネシアはオランダ領、ビシー政権の承認を得て進駐したベトナムはフランス領であり、特にオランダは戦後のB・C級戦犯裁判で不当な公判を繰り返しているので無視することはできません。そうなると「対米英中蘭仏戦争」になってしまいます。
戦没者を犠牲と考えるのは平成の天皇が犯した英霊に対する冒涜ですから無視しましょう。
  1. 2024/04/12(金) 14:40:55|
  2. 常々臭ッ(つねづねくさッ)
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