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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

4月24日・国鉄の順法闘争に首都圏国電暴動事件が生起した。

昭和48(1973)年の明日4月24日に国鉄労働組合=国労と国鉄動力車労働組合=動労(機関士の労働組合)が執拗に繰り広げる順法闘争に怒髪天を突いた利用者たちが首都圏の駅を占拠して施設や列車などを破壊した首都圏国電暴動事件が生起しました。
順法闘争と言うのは前年の春闘で線路が錆びるほど長期間にわたって列車の運行を停止させたストライキで国民の批判を浴びた国労と動労が昭和48(1978)年の春闘で採用したスト戦術で、これまでのストライキのように列車の運行を停止するのではなく運転安全規範などの法令を例えば運転士が線路上に鳥や小動物を見つければ「障害物を発見した」と事故防止の名目で緊急停止させ、カーブでは安全基準以上に大幅に減速する。保線員も必要性が不明な点検・修理を繰り返すなど殊更に厳格に順守することによって列車の運行に遅滞や混乱を発生させる姑息なものでした。しかし、通常のストであれば不可抗力に通勤不能になるため企業も社員に有給休暇などの処置を講じますが順法闘争では列車は運行しているため出勤停止にできず、それでいて社員は出勤・帰宅ともに遅延することになり通常のスト以上の不満と鬱憤を溜め込むことになりました。
そんな怒りに最初に火が点いたのは3月13日朝の高崎線の上尾駅などの数駅で順法闘争を原因とする運行ダイヤの乱れに怒った通勤客が暴れて駅の施設や列車を破壊したのです。この事件を受けて動労側も順法闘争を中止しましたが、労使交渉が一向に進展しないと4月に入って再開したため首都圏の列車の運行は大混乱しました。
さらに4月24日になると4月27日からの私鉄やバスを含めた交通ゼネストの先導を気取って順法闘争を強化したため出勤時間にも列車は大混乱していて通勤客たちが駅員に詰め寄る光景が各駅で頻発しました。それは終日続いて帰宅時間になると大宮駅では高崎線や東北線が60分から90分遅延して駅のホームや改札口、構内には列車を待つ帰宅客が溢れ、やがて一部の帰宅客が駅長室に乱入・占拠したのです。
この時は埼玉県警に警備出動を要請するのと並行して東武野田線やバスで帰宅の足を提供して鎮めましたが、赤羽駅でも高崎線と東北線が到着しないことに怒った帰宅客たちが騒ぎ始めて、定刻であれば午後7時35分に上野駅を出発する急行・津軽1号を「宇都宮駅まで各駅停車の普通列車扱いにする」と言う構内案内が午後8時過ぎになって流れた上、到着すると超満員で待ちかねていた帰宅客たちが乗車する余地はありませんでした。
これを切っ掛けに暴徒化した帰宅客たちが列車を手で押して揺らしながらガラスを割って運行不能になり、駅は京浜東北線への乗り替えを案内しましたが肝心の京浜東北線も信号機故障で運行停止になっていました。この暴動は上り列車の乗客の口コミで山の手線に波及して上野駅でも発車しない列車に痺れを切らした乗客が投石を始め、新宿駅では2万人及ぶ暴徒が駅を占拠して列車や施設を破壊しただけでなく放火に及び、それは渋谷駅、秋葉原駅、有楽町駅など38駅に広がり、警視庁機動隊でも鎮圧できずに翌日の午前7時まで騒乱は続きました。都内の病院では負傷者を乗せた救急車が長蛇の列を作りましたが、それでも国労と動労は首都圏以外では順法闘争を継続しました。
  1. 2024/04/23(火) 15:19:22|
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