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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

航空自衛隊怪談集9・那覇基地後編

野僧が赴任した頃の那覇基地は米軍時代そのままで、建物は2階建てまで、その建物と建物の間隔はだだ広く、その空いた土地は一面に芝生が敷き詰められ、植木や電柱はなく、風景は完全にアメリカの街でした。
格納庫も米軍が建設したもので250キロ爆弾に耐え得る構造になっていました。
ただ米軍の基地であったと言うことはベトナム戦争でも使用されたことになり、先輩と基地内を歩いていると「あれが戦死者を本国に送る前に空輸してきて防腐処理をした建物だ」などと教えられました。
航空自衛隊に移管されからも緊急発進したFー104Jが着陸時、脚が折れた事故がありました。この時は胴体を地面に擦りつけたため、半分まで削り取られ、パイロットも下半身がなくなって死亡しました。
閉鎖された滑走路へ部品の回収に行くとバラバラになった機体の破片と一緒にパイロットの肉片がこびりついていて、生前そのままの姿で操縦桿を握っていた上半身とは対照的だったそうです。
またECM(対電子戦)訓練のためチャフポット(細かく裁断したアルミ箔を射出する装置)を装着したTー33Aが離陸しようとした時、漏れていたチャフを煙と誤解した運輸省の管制官が発進中止を命じたためテトラポットに突っ込んで炎上した事故がありました。
この時は野僧も深夜に事故機の警備につきましたが、テトラポットに打ちつける波の音の中に女性の押し殺した泣き声を聞きました。それは事故の後、聞こえる夫(息子)の死を受け留めた妻(母)の生霊の声だと言われています。
さらに野僧が赴任する2年前に基地内の弾薬作業所でサイドワインダーが爆発し(テスターに市販の電池を使用したため過電圧になったことが原因)、整備員2名が殉職しました。
この時は室内が瞬時に高熱の火で一杯になったため遺骸は炭化し、壁には人の形に影が焼き付いていたそうです。
こうした殉職した隊員たちの英霊は基地内にとどまっているらしく、格納庫内に保管している事故機の傍にパイロットが立っているのを深夜にトイレへ行った格納庫当直が目撃しましたし、野僧が弾薬作業所当直についた時も2名の話し声を聞きました。
そしてトドメが隊員の自死で、野僧が勤務していた5年間に5人が自死しました。
原因は沖縄の女性との結婚に親が反対(すでに同棲していた)、単身赴任者の留守宅を守るはずの妻の不倫、親の借財の立て替えによる生活困窮など様々でしたが、このうち一度は野僧が首を吊った遺骸を下ろすのを手伝いました。
この単身赴任者の妻の不倫相手は娘にまで手を出し、それを聞いていた我々は葬儀に来ていた妻を冷ややかに見ていましたが、夜勤を終えて暗い廊下を歩いていくと首を吊ったシャワー室から出てきた本人にすれ違い、「やっぱり帰れませんよね」と声を掛けました。
一方、首を吊った倉庫に親を恨む声が響いたと言う噂が実しやかに広まりましたが、真偽のほどは判りません。
  1. 2013/08/11(日) 10:23:38|
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