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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

航空自衛隊怪談集10・浜松基地前編

浜松基地は航空自衛隊発祥の地で、航空機の尾翼にはチェッカーの模様が描かれていますが、これは試行錯誤(チェック)してきた開拓者の誇りを表しています。
現在のパイロット教育は複座式の練習機で、学生と教官が一緒に搭乗して行われていますが、当時のFー86Fには複座式の機体はなく、地上で滑走訓練を終えると後は単独で飛び立ち、隣りで飛ぶ教官が無線で交信しながら操縦技量を習得していったのです。
都会の自動車教習所では教官が無線で指導しながらコースを単独走行する経験をさせるようですが、航空機は「判らない」「迷った」「しくじった」からと言って停止することができず、墜落事故は日常茶飯事でした。この命を掛けたブッツケ本番で航空自衛隊のパイロットの「死を恐れぬ」気風が培われたのです。
一方、作業の安全管理も十分に確立されていなかった時代、初体験のジェット機を取り扱う整備員も毎日が危険と隣り合わせでした。Fー86Fの飛行前点検中に空気吸入口に頭から吸い込まれ肩が引っ掛かったものの、窒息の上、毛穴から体液を吸い出されて死亡したり、輪止めを外そうとして転倒し、轢かれて死亡したりと、現在、航空機整備員に教育される事故事例の多くは浜松で起こっています。
そんな基地ですから怪談、心霊スポットには事欠かず、おまけに基地周辺の道路は住宅地から中心部に向かう周回路になっているため交通量が多く、死亡事故が多発しており、新たなスポットが増え続けています。
野僧が警備小隊長だった時には、直線で見通しの良い場所で死亡事故が繰り返されるため、基地司令から「供養をしろ」と電話が掛かったので読経しましたが、後日、その場所にある立ち木で米兵に集団レイプされた女性が首を吊ったと言う話を聞き、もう一度、ロウソクと線香を用意した上、法衣を着て勤め直しました。
このような祟りを及ぼしている怨霊の除霊を本気でやると「僧侶の徳を擦り減らす」「寿命を縮める」と言われますから、浜松から転出する直前に病に倒れ、移動先で自衛官として抹殺されたのも、このためかも知れません。、
そん中で北地区にある殉職隊員の慰霊碑にまつわる伝承を語らせていただきます。
この黒い御影石で作られた慰霊碑は旧第1航空団司令部の前に在りますが、この慰霊碑が夜になって青白く光る(耀くのではなくボーッと)と航空機が落ちると言われていました。
昭和57年の基地航空祭でブルーインパルスが墜落しましたが、その時にも目撃され、北基地司令の第1航空団司令は登庁して話を聞き、そのまま参拝に行きましたが事故は起こりました(航空祭は南基地が主催・会場でした)。
航空自衛隊怪僧記・ブルーインパルス4
  1. 2013/08/12(月) 09:25:06|
  2. 航空自衛隊怪談集
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