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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

航空自衛隊怪談集12・入間基地&13・府中基地

入間基地
入間基地は陸軍航空士官学校がおかれていた所沢飛行場でした。
ですから米軍に接収されてからも広大な敷地が残され、それが航空自衛隊に移管されたのですが、所沢が東京のベッドタウンとして注目されると国有地を自分の財産と思っている大蔵省(現・財務省)は分割を繰り返したため、出張で行く度に狭くなり、ゲートが移動し、その度に住所が変更されました。
そんな基地ですから、練習機の墜落が日常的だった上、開戦後には何度も爆撃された旧軍時代、朝鮮戦争などに出撃した米軍時代、そして事故を繰り返してきた自衛隊まで心霊スポットは数多く存在し、どれが何の幽霊なのか判らない状態でした。おまけに特攻兵器「桜花」もありますが、こちらは未使用なので残っているのです。
補給処の広い倉庫の中に赤子を連れた女性の幽霊が出るとか、西武鉄道の踏み切りに子供が立っているとか、軍人ではない幽霊の噂は出所不明です。
入間基地は航空自衛隊になってからも事故が絶えませんが、周囲が市街地化したため事実上、脱出不能になっていて、数年前には操縦不能になったTー33Aをパイロットは脱出せずに河川敷にもって行こうとして高圧電線に引っ掛かり墜落した事故がありました。
中でも記憶に残っているのは、千歳基地でFー15のシェルター=耐爆格納庫の自動扉に頭部を挟まれて殉職した隊員(曹候学生の教え子)の部隊葬に出席するため遺族が乗ったCー1輸送機が大雪のため離陸に失敗した事故です。この時は死亡者こそいなかったものの両親が軽傷を負い、そのまま羽田空港まで車で急行して部隊葬に間に合いましたが。

府中基地
府中基地は昭和15年5月に陸軍燃料廠として設立された石油プラントでした。戦後は昭和20年から32年8月まで米軍基地になりましたが、現在も当時の建物が多数残っています。昭和57年に3分割され、北側を大蔵省、西側は地方自治体に移管され、高級司令部が所在する割に狭い基地になってしまいました(警備上は大変問題ですが、管理は楽になりました)。
米軍の隊舎は広くて立派ですが不気味な雰囲気も漂っていて、廊下の大鏡の前に立っていると後ろを米兵が通り過ぎたので振り返ると誰もいない。支援集団の運航統制では墜落したパイロットの声が混信するなど色々聞きましたが、野僧は総合演習中の総隊司令部への臨時勤務だったので確認する暇がありませんでした。
  1. 2013/08/15(木) 14:04:26|
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